蹴り死なす事件、執行猶予。パワハラの刑罰は?


パワハラ

昨年(平成27年)に、愛知県大府市朝日町でおこった、女性社長が車内で部下の男性を蹴り、死なせたという事件で、昨日(平成28年2月19日)、女性社長に執行猶予をつけた判決が下されました。

社長の立場にある人が、社内で部下を蹴るという行為は、悪質極まりないもので、パワハラにあたることは争いの余地はないでしょう。

パワハラは、その程度によっては、行き過ぎると「殴る」「蹴る」といった、刑罰の対象となる行為となります。軽くはたくといった行為であっても、精神的ダメージが蓄積している可能性もありますから、軽々しく扱うことはできません。

今回は、パワハラの刑罰について解説していきます。

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「蹴り死なす」事件とは?

平成27年8月17日に、女性社長が、部下の男性社員と社内で口論になり、男性社員を蹴った結果、男性社員が意識を失って死亡した事件です。

女社長が男性社員を蹴り殺す?「勤務態度悪く注意」
17日前3時50分ごろ、愛知県大府市朝日町で「車内で口論になり、男性を蹴ったら、意識がなくなった」と119番があった。同県知多市、会社員、増元春彦さん(23)が病院に運ばれたが、約2時間後に死亡した。

東海署によると、増元さんが勤務していた魚介類卸売会社の社長の女(47)が通報していた。女は増元さんを複数回蹴ったことを認めており、同署は容疑が固まり次第、傷害容疑で逮捕する方針。増元さんは下腹部に内出血があった。

女は「勤務態度が悪く、注意するため呼び出した」と説明。増元さんを呼び出し約5時間にわたり駐車場に止めた車の中で注意していたという。

(引用元)産経ニュース

「蹴り死なす」事件の悪質性

この「蹴り死なす」事件ですが、弁護士から見ても、非常に悪質なパワハラであると評価できるでしょう。報道内容から見る限りでも、以下の点が、特に違法性を強めていると考えられます。

約5時間もの間、車内にとどめおいていること

車内という狭い空間の中で、怒られ続けながら5時間も外に出られないことは、精神的に非常に大きなダメージなることは容易に想像できるでしょう。

指導という形で怒られているわけですから、女性社長が怒っている間中、男性社員は、途中で休憩して外に出るなどということは到底できない状態の中で、5時間もの間車内にいることを強要されたと考えられます。

傷害の部位が「下腹部」

暴力をともなうパワハラは非常に悪質ですが、その中でも、暴力がからだのどこに向けられているか、その強さによって、悪質性・違法性の程度は変わってきます。

下腹部ともなると、からだの中心の重要な器官がつまっていますから、法律用語では「身体の枢要部」などともいって、非常に重大で、当然ながら殴ったりしては絶対にいけない場所といわれています。

したがって、下腹部に内出血が残っていたということは、パワハラ行為の悪質性をさらに強める事情といえるでしょう。

執行猶予判決は妥当か?

今回の「蹴り死なす」判決では、この女性社長、武藤美幸被告に対して、名古屋地裁において、「懲役3年、執行猶予5年」という有罪判決が下りました。

この際に考慮された事情としては、刑の増大方向にはたらく事情、刑の縮小方向にはたらく事情は、それぞれ以下の通りでした。

刑の増大方向にはたらく事情
☞ 暴行が執拗に行われたこと
☞ 危険な行為であったこと
刑の縮小方向にはたらく事情
☞ 遺族との間で示談が成立していること
☞ 真摯に反省していること
☞ できる限りの救命措置を行ったこと

今回の「蹴り死なす」事件では、殺人罪としての評価ではありません。殺人罪であれば、正確には「蹴り殺す」事件というべきでしょうが、今回は傷害致死という評価となります。

つまり、裁判所の評価としては、パワハラ行為の当時、女性は「殺す意思はなかった」というわけです。

ただ、次で説明するとおり、パワハラを行う加害者は、たいていの場合、「指導の目的で行っていた」「社員の能力が低いのだから注意して当然」という意識をもっていて、全く悪いことをしたという意思がないケースも多くあります。したがって、そのような意思にかかわらず、パワハラが業務上の注意指導として適切な行為であったかを考えるべきであって、今回の「蹴り死なす」事件は、明らかに不適切な行為であったといえるでしょう。

パワハラの死亡ケース

パワハラ行為は、このように酷い場合には従業員の死を招く可能性があります。人の生命は取返しがつきません。このような悲惨な事態になる前に、労働問題として処理して、金銭的に解決する、会社を退職することを前提とした解決を目指すという方向を、労使共に考えていくべきでしょう。

その他のパワハラ死亡ケースには、以下のようなものがあります。

川崎市水道局いじめ自殺事件(平成14年)

川崎市が、いじめを防止するべき義務を怠ったことを原因として、被害者がパワハラによる酷いいじめを原因として自殺した事件です。

川崎市に対して損害賠償請求をおこなった裁判事例で、高額の慰謝料、逸失利益の支払が命じられました。

静岡県労基署長日研化学事件(平成19年)

「存在が目障りだ、いるだけで皆が迷惑している」などといった酷い発言をはじめとした悪質なパワハラ発言行為を理由に、強いストレスを感じて精神障害を発症し、その結果、従業員が自殺した事件です。

労災であるかどうかの認定が争われた裁判事例で、労災の認定がなされました。

誠昇会北本共済病院事件(平成16年)

3年ほど続いた車内でのいじめが、社員旅行や会議中などにもおよび、そのまま放置されていたケースで、従業員がこれを理由に自殺した事件です。

加害者と会社に対して損害賠償請求を行った裁判事例で、総額1500万円の慰謝料の支払が命じられました。

前田道路事件(平成20年)

不正経理を行ったこと、計画を達成しなかったことにたいする指導という名目でパワハラ発言を行い、これを原因としてうつ病を発症させ、自殺に追い込んだという事件です。

会社に対して損害賠償請求を行った裁判事例で、高額の慰謝料の支払が認められました。

パワハラと刑罰

パワハラの中には、民法上の不法行為となる行為、刑法上の暴行罪、傷害罪などにあたる行為といったように、その程度によってさまざまな違法行為に該当する可能性がある行為が存在します。

ある行為がパワハラに該当するかどうかは、こちらの記事も参考にしてみてください。

(参考)パワハラか簡単に分かる!慰謝料を請求できるパワハラとは

指導行為がパワハラにあたるかどうかは、業務上の指導行為として適切な範囲内の行為であったかどうかによりますから、業務上の必要性と、社員に与える損害とのバランスを考えて判断する必要があります。

しかしながら、以下のようなものは、明らかに業務上の指導の範囲外とされ、違法行為となるといえます。

☞ 「バカ」「死ね」「存在価値ない」など、人格否定的な発言を行うこと
☞ 殴る、蹴るなどの身体的な暴力を伴う行為を行うこと

社長がパワハラを防止すべきなのに・・・

今回の「蹴り死なす」事件のようなパワハラ行為は、つい勢いで軽はずみに行ってしまいがちなケースもあり、会社には慎重な注意が必要です。

「蹴り死なす」事件の加害者は社長ですので、会社のパワハラ行為を監督し、防止しなければいけない立場にある人の行為である点でも非常に悪質です。

経営者の方は、会社内で上司が部下に対して指導行為を行き過ぎにおこなっていないかどうか、パワハラ行為を隠れて行っていないかを十分に監督すると共に、自分の行為も一度見直してみましょう。

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