2008年に首都高速でタンクローリーが炎上した事故をめぐり、首都高速道路会社が損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁は2016年7月14日、運送会社と運転手に約32億8900万円の支払を命じました。一方で運送委託をした出光興産に対しての請求は棄却しました。
この事件からも分かる通り、運送会社、引越会社など、従業員に対して日常的に自動車の運転をさせる会社は、従業員が業務において事故を起こした場合には、会社が責任を負わなければならないことがあり得ます。
会社が使用者責任を負うのは、会社の業務で利益を上げている以上仕方のないことではありますが、そもそも、できる限り事故を起こさないようにするために、会社もまた、従業員の業務上の自動車の運転に十分注意をしなければなりません。
「従業員が勝手に運転して起こした事故だから。」「会社が見張っていることなどできないから仕方ない。」という言い訳は通用しません。大きな損害賠償を負うこととなれば、経営にも大打撃を与えかねません。
今回は、交通事故の起こりやすい自動車の運転を業務として従業員に命令している会社が、労務管理において注意しなければならないポイントを解説します。
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このページの目次
今回の事件の概要
首都高速道路会社(東京都)は、運転手と運転手の所属する多胡運輸および輸送を発注した出光興産に復旧工事費と逸失利益分で約45億円の賠償を求め東京地裁に提訴していました。
運転手の不法行為責任とは?
運転手は、民法709条によって、不法行為による損害賠償責任を負います。
不法行為が成立するためには、以下の4つの要件が必要です。
故意・過失
故意とは、自己の行為により権利侵害が発生することを認識・認容している心理状態。
過失とは、結果発生の予見可能性があるのに、これを回避する行為義務を怠ること。
権利・利益の侵害
他人の権利または法律上保護される利益を侵害する行為があること。
損害の発生
損害が発生していること。この損害は、財産的損害に限られません。精神的な苦痛も損害として認められる場合があります。
因果関係
権利等侵害行為と発生した損害との間に因果関係が認められること。
民法416条2項では、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事件を予見し、または予見することができたときは、債権者の賠償を請求することができるとしています。
上記の例では、速度超過が著しいことから、過失が認められるのは明らかです。
判決では、事故の原因について「運転手がカーブに20~30キロの速度オーバーで進入した」と認定、運転手男性に重大な過失があると認めました。
超過速度30Km以上の場合、懲役刑または罰金刑となる刑事処分の可能性もあります。同じ刑事罰であっても、通常該当車両が大きいほど(大型→普通→自動二輪→原付の順)罰則は厳しくなる傾向があります。
タンクローリーのような大型車の場合、高度な注意義務を伴うべきものだったにもかかわらず、この義務を怠ったことによる事故の責任は重く判断されました。
使用者責任について
使用者責任とは、業務や通勤に際して自動車を使う際に、被用者が交通事故を起こして第三者に損害賠償を請求された場合に、代わりに賠償する責任の事を言います。
2.使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3.前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
使用者責任が認められるためには、以下の4つの要件が必要です。
これらの条件が認められた場合、人身傷害を伴う交通事故が発生した時に被害者は加害者の使用者に対して賠償責任を負担させることができます。
被用者の行為に対して不法行為が成立すること
被用者の行為自体が不法行為の要件を満たしている。
使用者と被用者との間に使用関係が認められること
使用関係は、通常、雇用、委任その他の契約に基づくものであることが多いですが、事実上仕事をさせているにすぎない場合も含まれます。すなわち、使用者と被用者の間に実質的な指揮・監督関係があればよいと考えられているのです。
たとえば、下請人の不法行為についても、下請人と元請人の間に実質的な指揮・監督関係がある場合には、元請人も使用者責任を負うべきとされています。
また、使用関係については、一時的でも、非営利でも、違法でもよいと考えられています。
被用者の行為が使用者の事業の執行に伴ってなされたものであること
被用者の事業の執行から直接に生じたものはもちろん、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと認められる場合も含みます。
使用者に免責事由がないこと
民法715条1項ただし書きは、使用者が被用者の選任及び監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、使用者の責任を免責する旨を規定しています。しかし、現在では、使用者の免責を認めるものはなく、事実上、無過失責任となっています。
従業員が起こした交通事故における使用者責任
従業員が交通事故を起こした場合には、以下の2つの責任が発生します。
運行共用者責任
運行共用者責任とは、会社が所有している自動車に対して発生する責任です。
これは、加害者に対して運転する自動車を提供したことに対する責任で、業務時間外に加害者の使用で社用車を利用していた場合にも運行共用者責任を負うことになります。
使用者責任
使用者は被用者が事業の執行を行っている際に、他人に対して被害を与えた場合、損害賠償の責任を負担することになります。「事業の執行」が焦点となるため、社用車だけでなく、通勤や業務に際して被用者がマイカーを利用していた場合でも発生する可能性があります。
過失責任の原則とは?
民法では、自分の行為に故意も過失も無ければ、損害が発生しても賠償責任を負わなくてもよいという原則を採用しています。しかし、近代においては無過失責任が発生する可能性があります。
少なくとも、過失がある行為に対しては、不法故意責任を負うということです。
危険物責任主義
危険物、有害物を取り扱っている以上、それにより生じた損害に関しては故意 過失が無くても当然に責任を負うものする。
報償責任主義
利益を得ている者は他人に与えた損害を賠償すべきとします。
タンクローリーのように、業務上の車両である場合には責任を負う可能性が高いです。
指揮監督が認められるかどうかが、使用者責任があるかどうかのポイントとなりますが、業務車両の場合には、かならずしも具体的な指揮監督がなくても責任を負う可能性があります。
今回の判例では、首都高側は出光興産に対しても「下請けを指揮監督しており、使用者責任がある」として損害賠償を求めていましたが、判決は「発注者にすぎない」として退けられました。
社用車ではなくマイカーの場合
社用車の場合だけでなく、マイカーの場合でも上記のような責任が問われる可能性があります。会社でマイカー通勤をする従業員がいる場合には、その対応は慎重に行わなければならず、対応をする余裕がない場合には、一律禁止とすることも検討すべきです。
マイカーを社用で使用していることを会社が容認していた場合
マイカーを利用して会社としての業務を行っていたといえるので、社用車を使用していたのとほとんど変わりありません。したがって、原則的には、使用者責任、運行供用者責任が認められると考えられます。
会社の容認とは黙認も含む
マイカー利用に対し、会社が積極的に許可を与えていた場合はもちろん、許可まで与えたわけではないが、マイカー利用を認識しながら、注意することもなく放っておいた状態、いわば黙認しているような場合も含まれると考えられます。
明示的であれ、黙示的であれ、会社がマイカーの業務のための利用を認めていたことには変わりがないからです。
責任が否定されるケースとは?
会社が従業員のマイカーを利用して業務をしていたと評価されない場合は、責任を問われません。
マイカーを業務に使用することを明確に禁止しているにもかかわらず、社員が無断で、しかも会社にわからないようにマイカーを業務のために使用していた等、マイカーの業務のための使用が会社にとって全く予期できないものである場合は、責任は否定されることになるでしょう。そのような場合は、会社がそのマイカーを利用して業務をしていたとは評価できないためです。
したがって、後述するとおりマイカー規程を作成してきちんと管理しなければなりません。もしくは、明示的に禁止し、監督を徹底すれば責任を免れることができます。
通勤中の事故
通勤も、業務と関連性のある行為とされ、責任を負う可能性があります。
マイカーが会社の業務のために使用されていなくても、通勤は業務そのものではないが、業務に密接に関連するものであり、業務の一部を構成するものとして、原則、使用者責任や運行供用者責任が認められるべきであるという裁判例もあります。
この事例では、会社がマイカー通勤を前提に通勤手当を支給していたことが、積極的なマイカー利用の容認であるとして、会社に責任が認められています。
社用車を私的利用した場合は?
原則として、会社に無断で社用車を私的に利用して事故を起こした場合は、社員が賠償責任を負うことになります。
しかし、外形が業務の執行に見えれば、責任を負う可能性があることを示す以下の判例があるように、業務用車両のプライベート使用は徹底して禁止すべきであると言えます。
「必ずしも被用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけを指すのではなく、広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合で足りる」とされています(最高裁昭和39年2月4日判決)
会社としての対策は?
以上のように、従業員の車両使用においては、様々なケースが考えられます。
そのため、事前に対策出来ることは徹底して準備しておきましょう。事前にできる従業員の車両使用による責任に対する対策としては、次のものがあります。
- 事故防止を徹底させる
- 車両使用に関する社内規定を作成する
- 業務用車両につき車両管理規程を作成する
- マイカー利用規程(マイカー利用を認める場合)を作成する
- 車両使用の際の安全ルールを定め、教育を徹底する
- 業務用車両利用規定を作成する
- 保険加入の義務付け
マイカー使用の場合、マイカーが十分な損害保険に加入していれば、会社が損害賠償金を支払うという事態はまずありえません
。
積極的許可をしているかどうかに拘わらず、社員のマイカーの利用を認識している場合は、まず何よりその自動車が十分な損害保険に加入しているかどうかをチェックし、、加入していない場合は加入を指導しましょう。
まとめ
今回は、企業の従業員が交通事故を起こした場合に、企業にどのような責任が認められるか、そして、これを未然に予防するため企業がとっておくべき対策について解説しました。
逆にいうと、自分が会社の業務中の自動車との間で交通事故に巻き込まれた場合、加害者だけでなく、どのような場合に会社に対して損害賠償請求をすることが可能か、というケースでも参考にしていただけるかと思います。
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