JR認知症訴訟でJRに敗訴判決│「家族に責任なし」


認知症にり患した高齢者が徘徊中に列車にひかれて死亡したことについて、JRが遺族に対して損害賠償請求をした事件で、最高裁判所は平成28年3月1日、「家族に賠償責任はない」との判決を下しました。

一審、二審は「家族に賠償責任がある」というJRの主張を認めたものでしたが、最高裁はこれをすべて覆し、JRの全面敗訴となりました。

今後高齢化社会がまずます進む中で、介護施設の不足から在宅介護が増加すると予想されますから、どの程度であれば家族が責任を負うべきなのかが重要となります。

JR認知症

JR認知症事件の流れ

認知症によって徘徊中の高齢者が、JRの列車にひかれて死亡したことについて、JRが「列車が遅延した」などの理由で損害賠償を求めていた裁判です。JR側は、振り替え輸送費など約720万円の損害賠償を請求していました。

男性がJRの列車にひかれたとき、長男の妻は玄関先に片付けに行っており、男性の妻はまどろんでいたところでした。

JR認知症事件の経緯をまとめました。

☞ 2007年、愛知県大府市のJR東海道線共和駅の事故
☞ ひかれた男性(当時91歳)は、妻(当時85歳)と同居
☞ 長男の妻が介護のために近所に住んでいた
☞ 重度の認知症、要介護4の認定あり

この事件で被告となったのは、男性の長男と、男性の妻となります。

争点は「監督義務者」の責任

この裁判で争点となったのは、責任能力のない人の監督義務者の責任(民法714条)です。

民法714条1項(責任無能力者の監督義務者等の責任)
前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

他人の権利や利益を違法に侵害する行為を「不法行為」といいます。不法行為を行った場合、民法上、被害者に生じた損害を賠償する義務があるとされていますが、幼児や高齢者など判断能力がない場合には、「責任無能力者」として、不法行為による責任を負わないこととなります。

この場合、被害者救済の見地から、不法行為を行った者ではなくて、その人を監督すべき立場にあった人に対して不法行為の責任を追及できるということを定めたものです。

その判断のプロセスは、以下の順序です。


1.行為者に責任能力がないかどうか
2.監督義務者にあたるかどうか
3.監督者に十分な義務を怠らなかったかどうか

監督義務者にあたるとしても、十分な義務を怠らなければ不法行為の責任を負わないこととなります。

ちなみに、今回のJR認知症訴訟では、「2」の段階で「監督義務者にあたらない」との判断をしました。

監督義務者とその義務内容は?

では、どのような場合が監督義務者にあたるのでしょうか。また、監督義務者であると判断された場合、どのような義務を負うことになるのでしょうか。

法定の監督義務者

責任能力がないと類型的に考えられている人については、法律がその監督義務者を定めている場合があります。例えば、次のとおりです。

☞ 未成年者に対する親権者(民法820条)
☞ 未成年者に対する未成年後見人(民法857条)
☞ 児童福祉施設の長(児童福祉法47条)
☞ 精神障害者対する保護者(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律20条)

法律に定められた監督義務者以外は、身分関係や日常の接触状況などに照らして個別のケースにしたがって、法的に監督をすべき義務があると評価できるかどうかによって決めます。道徳的あるいは社会的な監督義務とは異なるものとされています。

監督義務の内容

監督義務の内容は、「善良な管理者の注意」であるとされています。

その具体的な内容は、監督対象の責任無能力者の性質や日ごろの行為などから、不法行為が予想できる場合にはこれを防止すべき義務があります。

また、監督義務者の責任は、監督義務者がその義務を怠らなかったときと、監督義務者がその義務を怠らなくても損害が生じたときには、その責任を免れることができます。

JR認知症訴訟の最高裁の判断

認知症や精神的な障害のある人の家族の負うべき監督義務について、最高裁は以下のように述べ、同居する妻であったというだけでは監督義務者にはあたらないと判断しました。

Y1(妻)は、Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず、その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。

そして、長男についても、介護に協力する立場にあったとはいえ監督義務者にはあたらないとして、最高裁は次のように述べています。

Y2(長男)は、Aの長男であり、Aの介護に関する話合いに加わり、妻BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながらY1(妻)によるAの介護を補助していたものの、Y2(長男)自身は、横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので、本件事故まで20年以上もAと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると、Y2は、Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。

以上の通り、最高裁は、認知症の患者の家族だからといって無条件に監督義務者の責任を負うのではなく、監督義務者にあたるかどうかは個別のケースごとに身分関係、接触状況、頻度などを踏まえて判断すべきであると判断しました。

まとめ

今回は、平成28年3月1日に最高裁で判断が下されたJR認知症訴訟を踏まえ、責任無能力者の監督義務者の責任について解説しました。

少子高齢化がますます家族する中、他人事ではいられない重要な問題であるといえましょう。

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